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大正元年~15年

大正

元.12.18
鐘ヶ淵~北千住間3.2km複線化
02.03.05
太田軽便鉄道(株)を買収
太田軽便鉄道(株)は、当社も出資し太田~藪塚間を敷設していた。
02.03.19
太田軽便鉄道の敷設による太田~藪塚間9.7kmと、当社により敷設された藪塚~相老間7.2kmが同時開通した。
03.05.01
東上鉄道(株)池袋~田面沢(たのもさわ、現川越市~霞ヶ関間に位置)間33.5km営業開始
03.08.02
佐野線館林~佐野町(現佐野市)間9.0km開通
03.10.16
佐野線佐野町(現佐野市)~佐野間2.5kmが開通
同時に佐野~葛生までの軌道改軌が行われ、館林~葛生間の直通運転を開始した。
04.07.05
佐野町(現佐野市)~越名(こえな)間5.0km旅客営業休止
05.10.27
東上鉄道(株)(現東上線)川越町(現川越市)~坂戸町(現坂戸)間9.2km営業開始 (2.27川越町~田面沢(たのもさわ)間廃止)
06.01.02
下野軌道(株)(現鬼怒川線)大谷向今市(現大谷向)~中岩間(現鬼怒川南岸)6.0km営業開始
明治末期に鬼怒川水力電気会社が現在の鬼怒川温泉のやや下流にある下滝に発電所を開設し、資材輸送のために建設された馬車鉄道を地元資本が譲り受け軌間762mmの蒸気軌道として開業した
06.02.16
佐野町(現佐野市)~越名(こえな)間5.0km廃止の許可(T4.7.5旅客営業を休止)
06.03.12
中原(ちゅうげん)鉄道(株)(現小泉線)館林~小泉町間10.7km営業開始
06.11.01
下野軌道(株)(現鬼怒川線)中岩(現鬼怒川南岸)~大原(現鬼怒立岩信号所)間4.1km開通
07.03.27
小梅瓦町(現業平橋)から伊勢崎まで(現伊勢崎線)と寺島村(現曳舟)から亀戸町(現亀戸)まで(現亀戸線)の鉄道が軽便鉄道に指定された
「私鉄鉄道法」は私設鉄道の免許の資格、設備の規程等の面を相当厳しく律したのに対し「軽便鉄道法」は設備の簡易を認め、賃率の制約がなかったので、従来私設鉄道の免許を受けていた鉄道も軽便鉄道に転ずるものが続出し、大正8年頃になると私設鉄道法の適用を受けるものはほとんどなくなり、軽便鉄道のみになった
08.03.17
下野軌道(株)(現鬼怒川線)大原(現鬼怒立岩信号所)~下滝(現鬼怒川温泉)間1.3km開通
08.10. 1
下野軌道(株)(現鬼怒川線)大谷向今市(現大谷向)~新今市(現JR今市駅前)間1.4km開通
08.12.28
下野軌道(株)(現鬼怒川線)下滝(現鬼怒川温泉)~藤原(現新藤原)間3.7km開通
09.04.27
東上鉄道(株)合併を決議
第一次世界大戦の影響で物価は騰貴し、東武鉄道・東上鉄道両社とも営業費の増加をきたしたので、両社を合併し、営業上の経費削減と、車両の運用、諸設備の改善をはかった。
09.07.27
東上鉄道(株)との合併を登記(7.22引き継ぎ完了)
09.08.23
葛生~第二会沢間(人車線)4.4km開業(現廃止)(7.28認可)
10.04.16
武里~杉戸(現東武動物公園)間9.9kmを複線化
10.10.20
草加~越谷間6.9km 武州大沢(現北越谷)~武里間5.1kmを複線化
11.04.05
北総鉄道(株)創立総会を開催
千葉県では欠損を続けていた県営鉄道を民間に譲渡する方針を決め、野田醤油の資本を背景とした北総鉄道(株)を設立した
12.07.01
荒川放水路開削に伴い、鐘ヶ淵~西新井間を移築し、0.2km延長
12.07.24
北総鉄道(株)が千葉県営軽便鉄道野田線柏~野田町(現野田市)間を譲受(8.1営業開始)
12.10.01
坂戸町(現坂戸)~武州松山(現東松山)間9.3km開通
12.11.05
武州松山(現東松山)~小川町間14.1km開通
12.12.27
北総鉄道(株)船橋線(現野田線)柏~船橋間19.9km営業開始
13.10.01
浅草(現業平橋)~西新井間10.5kmで電車運転開始
14.07.10
小川町~寄居間10.8km開通(東上線全通)
14.08.05
葛生~第二会沢間(人車線)4.4km廃止 葛生~第三会沢間4.5km開通(8.23より蒸気列車を運転)(現廃止)
14.11.27
徳川河岸線(現廃止)木崎~徳川河岸間3.2km開通
15.09.05
根古屋線(現廃止)小川町~根古屋間4.3km開通
石灰石の搬出を目的として建設された貨物線であった