江戸時代 - 嘉永元年(1848) - 川越城本丸御殿

    かつての川越城の姿を今に伝える遺構

    川越城は武蔵野台地の東縁部に位置し、一般的には「平山城」とされています。別名「初雁城(はつかりじょう)」とも呼ばれ、関東七名城や日本100名城のひとつでもあります。康正(こうしょう)2年(1457)、扇谷(おうぎがやつ)上杉持朝(うえすぎもちとも)が太田道真(おおたどうしん)・道灌(どうかん)父子に命じて築城しました。

    現在見られる本丸御殿が築かれたのは、嘉永元年(1848)、17万石を誇った松平斉典(なりつね)が城主のとき。鷹狩などでたびたび将軍の「御成り」があった記録があり、本丸御殿は将軍のための「御成御殿」であったと考えられています。当時は建造物の数16棟、広さ1025坪(約3388㎡)という規模でしたが、明治維新後、次第に解体されていきました。

    現在まで残されている玄関と広間、移築復元された家老詰所は、靴を脱いで上がり、じっくり見学することができます。高い天井や力強い柱などは往時をしのばせてくれ、ひんやりした建物内を歩いていると、まるでタイムスリップしたような気分になれます。

    見どころ

    場所によって材質の違う廊下

    玄関のある東側や中ノ口部分の廊下には欅が、南側から西側の広間西側部分の廊下には栂や松が使われています。これは公的な空間とプライベートな空間を区別して、材質を変えたためと考えられています。長い廊下は、いまにも武将が現れそうな雰囲気で、ドラマ『JIN-仁-』の撮影にも使われたそうです。

    足の裏に伝わる感触にも違いが感じられる

    縁側から眺める中庭

    家老詰所の縁側からは、風情たっぷりの中庭を眺めることができます。庭のあちこちには、修復時に使用されなかった古い瓦や石などを再利用するなどの工夫もされています。いつも手入れが行き届いていて、春には桜が、夏にはサルスベリの花がきれいです。

    中には入れないが縁側から鑑賞したい

    36畳の広さがある大広間

    玄関を入るとすぐ目の前にある大広間は、36畳の広さ。ここは来客が城主のお出ましまで待機した部屋と考えられています。川越藩の御用絵師・舩津蘭山(ふなつらんざん)が7年を費やして製作したという「杉戸絵」も間近で見られます。戦後には屋内運動場として使われたそうで、天井にはボールの跡がたくさん残っています。

    大きな杉戸絵は今でも松の緑色が鮮やか

    ハートが隠れた「釘隠し」

    柱と柱の間をつなぐ長押などには、打った釘の頭を隠すための「釘隠し」という飾り金具が取り付けられています。これをよく見ると、ハートのような形をした穴があり、撮影して待ち受けにすると「恋人ができる」「幸運が訪れる」という噂も。

    植物の葵(あおい)の葉の隙間が偶然ハートの形になったもの

    所在地 : 川越市郭町2-13-1 アクセス : 東武バス「札の辻バス停」下車、徒歩8分
    小江戸巡回バス「本丸御殿バス停」下車すぐ
    電話 : 049-222-5399(川越市立博物館)
    時間 : 9時〜17時(入館は16時30分まで)
    休み : 月曜(休日の場合は翌日)、12月28日〜1月4日、
    毎月第4金曜日(祝日は除く)
    料金 : 100円
    (11月14日(埼玉県民の日)、12月1日と
    12月第1日曜(市民の日関連)は無料)

    ※表示価格は2015年3月取材時の税込価格です。

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