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第20話盛夏に響く蝉の声
ミーンミンミンと蝉の声がうるさいので窓を閉め、冷房をつけた。朝食を済ませ、両親もばあばも出かけてしまった払田家のリビングに、姉妹二人がゴロゴロと寝転んでいる。久しぶりの光景だ。
「あっちの蝉は、春の終わりくらいからあーぢぃあーぢぃって鳴いてんの。面白くない?」
妹の瑠璃が、移住先の秋田から里帰りしている。
「全然面白くない。だって、蝉って大人になってから2週間くらいしか生きられないんだよ。この声はある意味、悲鳴だよ?」
私が答えると、瑠璃がクスっと笑った。
「てむちゃんって、昔から変なところ気にするよね。まあ、どういう視点で対象を見るかっていうのはあるけど。私には蝉は生態系の一つにあって命を繋ぐ生き物だよ」
「ふーん、おおらかなことだねえ」
ゴロリと寝返りを打つと、頭に硬いものがぶつかった。同時に、ブルブルと振動し、頭蓋骨に響いてきた。手に取ると、瑠璃のスマホだった。メッセージの送信元は「名越拓己」。中学時代の同級生がフルネームで表示されている。
「ねえ、メッセージだよ」
スマホを渡すと、瑠璃は「あ、レス速っ」と呟きながらスマホに向かった。妙に弾んだ声が気になる。瑠璃が同級生の男子と直接やりとりしているなんて、珍しい。
2日前に春日部駅近くの居酒屋を貸し切って開催された中学の同窓会は、お盆ということもあり60人近く集まった。私を含めた地元に残る幹事グループの中に、名越はいた。正確にいうと名越は都内に住んでいて週末だけ地元に帰ってきている。理由は、障がい者自立支援のスタートアップに関わっているため。スタートアップというのは、先進的なアイデア・技術によって新しいビジネスを創出する企業のことを指す。世間知らずな自分にはよくわからないことだけど、何か一生懸命なことだけは伝わってきた。
幹事グループでも、精力的に皆をリードする姿が熱伝導のように自分にも伝わって、柄にもなく受付をかってでた。地域アイドル時代にはグループの中で自分がその求心力の中心にいたような気がしたが、それはかりそめのものだったと今にして思う。名越のそれは、障がいのある弟と自分の将来に対する真剣な想いが礎にあるので地に足がついている。だから、人を惹きつける。
瑠璃のスマホはさっきからかなりの頻度でうるさく鳴っている。
「直接話したらいいのに」
そう私が言ってもスマホに集中していて返事すらない。
メッセージをするたびに、ふふふと微笑んでいる瑠璃の様子が気になる。そうだ、同窓会の話が始まったとき、瑠璃のことを真っ先に聞いてきたのは名越だった。
そうか、二人は同窓会で再会したのをきっかけに付き合うのか。でも、あんな日に焼けた筋肉ムキムキマン、瑠璃の好みだったっけ?
以前、春日部駅の改札にいた駅員さんのことが吉沢亮くんみたいで素敵って気に入ってたけど、色黒になったので冷めたと言っていたような……?
急に瑠璃が立ち上がった。
「さあて、着替えて顔でも整えようかな」
「え?」
なぜかドンっと鈍い痛みが胸の奥に走った。
「何、どうしたの、てむちゃん、顔色悪いよ。冷房強いんじゃない?」
瑠璃はエアコンのリモコンを探し始めた。
「違うの、今までゴロゴロしてたのに、急に化粧するって言うから」
「前の職場行くの。畠山さんに用事があってね。てむちゃんも覚えてるでしょ?」
ああ、コンプライアンス遵守の人だ。
「ほら私、同窓会で名越くんに頼まれてたじゃない。コミュニティセンターの人、紹介してって」
名越との間にそんなやりとりがあったなんて知らなかった。
エアコンを消して窓を開け、瑠璃はリビングを出ていった。
来週には瑠璃は秋田に戻る。そうなれば、この話は地元にいる私が引き継ぐ可能性がある。誰かの力になる、そういうことを進んでするのも悪くない。胸のつかえがすうっとお腹に降りていった。でも、私には名越の取り組みにそこまで真剣に寄り添えるだろうか。わからない。迷いながらも鏡に向かって髪を整え始めた。
「私も行くよ!」
そう大声で叫ぶと、再び、蝉の声がジリジリジリ……響き始めた。
プロフィール
文筆家、脚本家。トラベルライターのキャリアを経て、令和7年度橋田賞新人脚本賞 短編部門 入選。TVer、TBSFREE、U-NEXTにて受賞作「へりとわらし」配信中。

