2026.5 No.923 掲載

プロフィール

ヴァイオリニスト

ひろつる・すみれ
廣津留 すみれ さん

大分県大分市出身。高校在学中にニューヨーク・カーネギー・ホールにてソロデビューを果たし、ハーバード大学(学士課程)卒業、ジュリアード音楽院(修士課程)修了。国際教養大学特任准教授、中央教育審議会委員なども就任。

今回お話を伺ったのは、
日本で今、高い人気を誇る
ヴァイオリニストの廣津留すみれさん。
ジャンルを超えた音楽活動を続ける理由や
お気に入りのおでかけ先などをお聞きしました。

人前で音楽を披露することが楽しく
もっと多くの人に音楽の魅力を広めたい

「廣津留すみれの演奏」と
わかる音楽をめざして

――昨年、ご自身のレーベルを設立した理由は?

私はどこの事務所にも所属していませんので、これまで仕事はみずから選んで設計してきました。その流れもあって、自分のレーベルを立ち上げれば、新しい何かが実現できるのではないかと思ったのです。根底には、自分がつくりたいものを自身でプロデュースしたい強い気持ちがありました。

リリースした第一弾は、幼少期から思い出深い曲を集めたアルバムです。いずれも思いがこもった曲なので、自分の手でつくりあげたかったのです。知らなかったアルバムづくりの工程がわかり、いい経験ができました。録音した自分の演奏を聴いて、ちょっと違うと感じて弾きなおしたりと、成長することができた気がします。

新レーベルの名前は、ふ化するを意味する「HATCH MUSIC」。今後は、殻を破って、ジャンルを超えて新しい作品を生み出していきたいと考えています。CDという形で残せるのも重要なポイント。マイルストーンのように、後から自分のことを振り返られることにも魅力を感じています。

――ジャンルの垣根を超えた演奏活動に取り組む理由は?

ジャンルにかかわらず、多くの方に音楽を聴いてもらいたいと考えるようになったのは、プロの演奏家になってからのことです。ヴァイオリンってこんな音が出せる、こんな弾き方もあると知ってもらいたい――。お嬢様がクラシック音楽を上品に弾いているメージが広まっているかもしれませんが、演歌にも合いますし、深い音はジャズとの相性もいいという、ヴァイオリンのいろいろな面を見てもらえるとうれしいです。

こう考えるようになったのは、アメリカでの経験からです。エンターテインメントが盛んな国とあって、演者はいろいろな見せ方をしていることを知りました。ミュージカルでは俳優の方々が全身で表現し、歌の声色も変えて人々を魅了。クラシック音楽のコンサートでは、見た目にも華やかに演奏する方にも出会いました。

ヴァイオリンのレッスンでは、「僕はこう弾くけど、あなたはどう弾きたいの? あなたのスタイルで弾いたらいいんじゃない」と教わったこともありました。新鮮な感覚で、いい刺激を受けました。こうしたアメリカでの経験から、いろいろなジャンルの音楽にトライするようになったのです。

――演奏に影響は?

クラシック音楽は譜面どおりに弾くのが基本ではありますが、音の解釈はたくさんあって、どう弾くかは自由です。決められた音をいかに柔軟に弾くか、自分のクリエイティビティが試されます。異なるジャンルに挑戦したことで、自分のバロメーターが確実に増え、いろいろな弾き方を試せるようになりました。

もちろんクラシック音楽でも、演奏者によって発する音は違います。小学生のとき、コンクールに入賞した際のインタビューで「私の演奏を聴いたときに、廣津留すみれの演奏だとわかってもらえるヴァイオリニストになりたい」と答えたことがあります。今から考えると、子どもの頃から、自分らしさを生かした演者をめざし続けてきたようです。

地方公演の際は街を歩き
その地を肌で感じたい

――これまで弾いたなかでお気に入りのホールは?

福井県立音楽堂「ハーモニーホールふくい」です! 見た目も素晴らしいのですが、音響設計がみごとでとても気に入っています。

こうして地方へ出向いたときは、その街を少しでも歩くのが私の常。こう意識しないと、どうしても空港や会場、ホテルを移動するだけになってしまいます。昼間に時間がない日でも、少し早起きしてどういう街で、どういう人が歩いているかを見るようにしていて、歩くたびに幸せな気持ちになります。さらに、地元ならではのおいしい料理を食べたり、人々とコミュニケーションを図ったり、その土地の魅力に触れるようにしています。コンサートのお客さまの反応も含めて、地域のカラーが違うことを知るのは楽しい時間です。

――海外での経験も豊富ですね

海外も同様で、日本との違いを感じるのも楽しいものです。お客さまの反応を見ても、適当に褒めない、皆さま正直な印象。ほんとうに気に入ったら自由な表現ですごく反応されますし、普通の演奏と感じたら拍手はぱらぱら。日本でも同じスタンスですが、演奏をごまかすことはできません。

もう一つの違いは、コンサートのレセプションでの会話。集まった方々との会話のなかから次のお仕事につながることも多い貴重な場です。ときには「今朝のニューヨークタイムズのあの記事を読んだ?」なんて聞かれることもあり、いろいろな事柄にアンテナを張っていないと、上手な社交ができません。声も少し低めにして、プロっぽく自己演出したりして……。プロは、演奏が上手なだけではないことを知りました

――今後も日本を拠点に?

コロナ禍をきっかけに、アメリカから日本へベースを移しました。状況が落ち着けばすぐに帰る予定でしたが、うれしいことにお仕事をたくさんいただけているので、しばらくは国内を拠点に活動していきます。知らない日本の魅力をもっと感じたいと思います。

WEB限定!

――ヴァイオリンを始めたきっかけは?

実は、2歳のことだったのであまり記憶にありません。ヴァイオリンは体の成長にあわせて、小さい楽器から大きいものへと変わっていくのですが、それも魅力のひとつだと考えた音楽好きな私の両親が、小さい子ども用のヴァイオリンを与えてくれました。

ヴァイオリンをコンサートで弾いている実感として覚えているのは、5歳のときのこと。習っていた教室の発表会で、人前で弾くのが楽しかったことを覚えています。聴いてくださっている方々から上手と言われて、たくさんの拍手をいただけて、うれしいと感じていました。ヴァイオリンを演奏して楽しいという感覚は、今でも変わっていません。

――憧れていた音楽家は?

両親が音楽好きなこともあって、実家にはたくさんの音楽CDがあり、いろいろな音楽を聴いていました。なかでも小さい頃は、ヤッシャ・ハイフェッツ(当時のロシア帝国出身の20世紀を代表するヴァイオリニスト)の演奏がお気に入り。すごい速弾きをする方なのですが、よく聴くと、音がとっても正確! どの音符も飛ばしていないのです。正確に速く弾くことは、技術的にとても難しいこと。それを肩の力を抜いて、いとも簡単なことのように弾いているのが、子どもながらにすごくすてきだと思いました。

――ヴァイオリンを長く続けられた理由は?

音楽と学業の2軸を両立することは、小学生のときから決めていました。小学校3年生のとき、九州地区のコンクールを初めて受けまして、このときには2軸をしっかりやるぞと思っていたことを記憶しています。

私の親はちょっと変わっているのでしょうか、宿題を几帳面にしすぎると怒るのです。私は、”やらなければいけないことは、きっちりとやらないと気が済まない”タイプなので、きちんと宿題を解きます。母は、ヴァイオリンに割ける時間が減る、答えを写して丸暗記した方が早い、つまり私のやり方は時間の無駄だというのです。こう言われるのは嫌ですし、でも真面目に宿題をしたいですし――。ならば、真面目に宿題をするスピードを上げればいい!と宿題の効率を上げるために、がんばりました。学業の成績もキープしながら、ヴァイオリンもしっかりと学ぶことが、小さい頃から身についていました。

中学生になると、隔週土曜日は日帰りで東京に行きレッスンを受けていましたので、平日に宿題を終わらせておく必要がありました。日曜日は、家で前日に習ったことの復習をします。週末はヴァイオリン漬けの生活がルーティーンだったことも、効率アップに影響しているかもしれませんね。

音楽を習っているお子さまも多いかと思います。受験があるから勉強に時間を割かなければならず、習い事の時間が減ってしまうので、音楽をやめてしまうケースもあるかもしれません。でも、それぞれの効率をアップすれば、必ず両立は可能です。

私の経験では、自分が気づかないところで時間をロスしていることもたくさんあります。自分の限界は100%と思い込むことなく、150%にも200%にもなれると信じること、そしてそれを周りの大人が信じてあげること、が大切だと私は考えています。

――東京のレッスンへはお一人で?

最初は母と一緒でしたが、慣れてくればひとりで学生用の安いチケットを取って往復できるようになりました。中学生のとき、自分で飛行機のチケットを取っていると先生に話をしたら、とても驚かれたことを覚えています。今、コンサートなどでたくさん移動していますが、よく考えると子どもの頃から変わらないなと。(笑)

高校2年生のとき、アメリカでヴァイオリン演奏ツアーを行いました。若かったからか緊張することはなく、知らないことをたくさん学べて楽しかったです。現地で学んだ高校はハイスクールミュージカルの舞台のようですし、ホストして下さった家の庭にはなぜか白馬が2頭いたり……。シンプルに、世界が広いと感じた旅でした。

このアメリカでは、多くの音楽家が憧れるカーネギーホールでも演奏しましたが、聴いて下さっている方々の胸元や指先のジュエリーがきらきらしていて、上から下がっているシャンデリアも輝いていて――。夢の舞台でも、いろいろなことがよく見えていました。

こうお話すると、緊張しないタイプと思われるかもしれませんが、私も緊張することは当然あります。ジュリアード音楽院では、同じ先生に習っているすべての学生の前で演奏し、学生同士で批評し合う授業がありました。もちろん私もコメントをしなければなりませんし、皆の前で演奏するのも怖くて……。アメリカらしいクリティカルシンキング、つまりその人がもっと良くなるためのことを考える生産的な授業ではあるのですが、めちゃくちゃ緊張しました!

先生もズバッと言いますし、その雰囲気から学生も自由に発言します。この経験をしたことで、緊張するハードルが下がった気がします。

――ジャンルの垣根を超えた活動は今後も?

クラシック音楽以外への挑戦は、最初はヴァイオリンを楽しみたいという思いから始めました。ライフワークのような感覚で、楽しんで今後も続けていきます。

多ジャンルへの挑戦を始めたきっかけとなったアメリカでは、いろいろな経験があったのですが、そのひとつが昔から聴くことが好きだったアルゼンチンタンゴ。ジュリアード音楽院の卒業リサイタルのとき、グラミー賞を受賞されている素晴らしいバンドネオン(アコーディオンに似た蛇腹楽器)奏者と共演させていただく機会があり、「タンゴキャンプがあるから来る?」と誘われて参加。本場のアルゼンチンやウルグアイの方々がカッコいい音楽を“キレキレ”で弾いている姿を見て、楽しくなったのです。

そこで感じたのは、タンゴでのヴァイオリンの弾き方はクラシック音楽とは異なりますが、演奏の基本は一緒であること。この基本に加えてタンゴ特有の技巧を学ぶことで、ヴァイオリンの世界が広がりました。

クラシック音楽を演奏するのにもいい影響があります。タンゴでは、即興で演奏することが多くあります。今年も行く予定があるのですが、本場のアルゼンチンでタンゴのレコーディングをしているとき、隣でタンゴの達人のような方が“キレキレ”で自由に弾いているのを聴くと、教わらなくても自分が上達するのが分かります。旅をしていろいろなことを吸収することが、とても大事だと感じます。

インフォメーション

廣津留さんの活動予定はこちら

  • 東京都渋谷区富ヶ谷の「ハクジュホール」で2026年5月に開かれる「廣津留すみれ シネマ・オン・ステージ!」(エレクトーン:神田将)など、最新のコンサート情報などが見られます。

    ご自身の新レーベルからリリースされたソロ・アルバム「11 STORIES」も好評発売中。

text:Taku Tanji photo:Mayumi Komoto