-
01
最新号
-
02
あなたのONE SCENE
鬼怒川温泉駅 転車台
-
03
クロストーク
もときみちこさん
-
04
こよみ、くらし。
地図
-
05
ちょっと、そこまで
竹ノ塚(たけのつか)編
-
06
それはさておき、コーヒーでも。
今日もいい日だったと思って眠りたい
-
07
アートのはなし
-
08
Window on TOBU
-
09
東武沿線小説
てむちゃん on the way
-
10
てみやげ、おもたせ、心づかい
川越ポテトサンド
-
11
謎解き教室
-
12
バックナンバー
プレゼントがあたる!
第16話花まつりの浅草で
浅草寺までの道すがら、いったい何ヶ国語の声を聞いただろう。春風に乗って、言葉の波が押し寄せてくる。
「このどこの国にいるかわからない様子、ご先祖様にも見せてあげたいもんだね」
桜の季節が終わりに近づき、スギ花粉のピークを超えた。数年前から花粉症を発症したばあばは、コロナ禍のときに買いだめした超強力な防塵マスクをやっと使い切り、染色をやっているという友達の作った柔らかなガーゼマスクに変えた。
「どう? 可愛いだろう?」
春らしい桜色のマスクが、色白のばあばに似合う。白髪を綺麗な銀髪に染めたため、サングラスをかけると往年の女優のような風格さえ感じさせる。今日は、ばあばの大事な年中行事「花まつり」のため、二人で浅草までやってきた。
浅草寺で4月8日に行われる花まつりは、お釈迦様の誕生日をお祝いする行事で、正式には仏生会(ぶっしょうえ)という。この日は本堂前や境内、五重塔の前に花御堂が設置され、中央に配された小さなお釈迦様に柄杓で琥珀色の甘茶を掬ってかける。ふだんは無彩色で厳かな雰囲気のあるお寺が、この時ばかりは色とりどりの花に彩どられて祝祭感に包まれる。混雑する中、金髪の私、銀髪のばあばのコンビは目立つようで、向こうから知らないおばあさんに「払田さん、お久しぶりじゃないの!」と声をかけられてしまった。
「あの人はね、年末の羽子板市のときにお世話になっていたお蕎麦屋さんだよ」
ばあばが言う、年末の羽子板市とは浅草寺の羽子板市のこと。うちは、出店するのをやめておそらく10年は経っている。
「サングラスにマスクでも、私だってわかるもんなんだ。そんなに老けてないってことかねえ」
嬉しそうなばあばの背後を、花冠を被った大きな白い象が歩いていった。大きな桜のお面を頭につけた地元の幼稚園児たちの行列が続く。
「あれを見ると、和歌子や稲子もあんなふうに歩くはずだったかもなあって思ってしまうねえ」
戦時中、他の押絵羽子板職人たちと共にひいおばあちゃんたちが桐材を求めて春日部に移ったのは太平洋戦争末期。ママは春日部生まれだし、ばあばだって春日部育ちだ。なぜ、浅草の幼稚園に私やママが!?
「戦争がなければ、私もねえ……」
払田家がリヤカーを引いて浅草を出たとき、ばあばは3歳だった。記憶はほぼないにしろ、自分が浅草下谷生まれだという意識は強い。やはり押絵羽子板職人の血筋に生まれたプライドだろう。
「80年以上も前のことだし、私どころかママも生まれてないからなあ。私にとってここは観光地だよ」
私の呟きが聞こえたか聞こえていないか知らないが、ばあばはトントンと私の背中を叩いて、ここを出よう、と目配せした。
仲見世を横に逸れ、人混みから離れた。
隅田公園のベンチに腰を下ろし、満開を過ぎた桜の残り香を楽しんだ。ばあばは私にとって歳の離れた友達のようでもある。
「あと何回、稲子と桜を見られるかね」
「そのセリフ、ドラマ見過ぎだよ!」
ふざけて返すと、ばあばは真顔でこちらに向き直った。
「稲子、ばあばがずっと生きてると思ったら大間違いだよ」
強い語調に、先日ばあばが病院に行ったことを思い出した。
「どこか……悪いの?」
「悪いさ」
「え!」
「ここがね!」
ばあばは自分の頭を指さして笑った。なんだ、心配になっちゃうじゃないの。
東京湾から隅田川を抜けて吹き上げてくる風が桜の木を揺らし、花びらの嵐を起こした。なんだか急に不安になって、ばあばの頬に自分の顔を寄せた。
「何だよ急に」
自撮りのためにぎゅっと肩も寄せ体を密着させた。冷たい頬からほんのり、ばあばの体温が伝
わってくる。そうそう、先日の病院は花粉症の薬をもらいに行ったんだったと思い出した。
「ばあば、ずっと元気でいてね。来年も花まつり、一緒に来ようね。はいチーズ!」
スマホの自撮り画面を確認すると、ばあばは目を閉じていた。何度撮影しても、目を閉じてしまう。
「だって、眩しいから」
仕方がないので二人ともあえて変顔で自撮りした。はいアイーン!
プロフィール
文筆家、脚本家。2021年日本シナリオ作家協会主催「新人シナリオコンクール」佳作受賞。現在は、小説執筆のほか、脚本家としてテレビや映画の仕事に携わる。

