2026.2 No.920 掲載

第2話
だから冬には熱々のココアが必要だ

料理雑誌の編集者である知り合いの口ぐせは、「料理はとにかく熱いうち」だ。「真に味わいたいなら、1秒でも早く食べるべき」というのが彼の主張である。

一緒にピザ屋に行った時のことは忘れられない。店員が運んできたピザの皿を、彼は賞状でも受け取るように両手で奪い取りテーブルに置くやいなや、一切れを迷いなく口に入れた。次も、その次も。「わあ、おいしそう」とか、「待って。写真撮るから」という楽しげな言葉がとびかう店内で、終始無言の私たち。早く食べるためには無駄口はきいていられない。しばらく断食したくらいの勢いで食べたため、食事時間は5分でわった。

しかし、意外なことに、ピザは確かにいつもよりおいしかったのである。

湯気が立ち、じゅうじゅうと音を立てる熱々の料理はおいしそうに見える。見えるだけじゃなく、それは実際においしいのだ。熱さをおいしさにカウントする遺伝子を、どうやら私たちは備えているようである。

それが最大限に発揮されるのは、やはり冬ではないかと思う。

私は冬が苦手だ。理由は単純明快、寒いから。冬に一度は、寒すぎると真剣に怒ってしまう。相手は自然現象なのだから、文句を言うより先に毛糸の靴下でも履いた方がましなのだが、そんな冷静な判断を奪うほど、寒さは私をくるわせる。

だから冬には熱々のココアが必要だ。

木枯らしが吹きすさぶ道を、コートの襟をかき合わせて早足で歩く帰り道。家で熱々のココアを飲もう、と思えば寒さにくじけそうな心が奮い立つ。小さな鍋にココアパウダーと砂糖のペーストを作り、火にかけて牛乳で少しずつのばす。湯気の立つココアをマグカップに注いで、ふうふうしながら飲む、細胞一つ一つに染みわたりほどけていくような気持ちは、寒い冬じゃないと味わえないと思う。

気温と料理の温度差があるほど、おいしさは引き立つ。そう思えば、冬の寒さもちょっとだけ許せる。湯気の向こうに見えるのは、いつだって笑顔だ。熱々のココアが、今年も私を助けてくれそうである。


朝水 想 イラスト 別府 麻衣

あさみ・そう
小説家、旅行作家。出版社勤務を経て、旅行書籍の編集、旅エッセイの執筆などで活動。
第46回小説推理新人賞を受賞。2025年12月に、小説デビュー作『お稲荷さまの謎解き帖』(双葉社)を刊行。千葉県出身。