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第2話

春日部駅から東武スカイツリーライン急行に乗ると、一駅で東武動物公園駅に着く。私こと払田瑠璃(はらいだるり)は、週に5日、この駅から徒歩5分のところにある公共施設の臨時職員として働いている。
今日は早上がりのシフトだったので16時には職場を出て、早足で駅に向かった。駅前にある不動産屋で、賃貸物件を見るためだ。インターネットで簡単に調べられそうなものだけど、地元の不動産屋さんにしか預けない大家さんの物件もあり、ここのところ何度も足を運んでいるのだ。
不動産屋のおばちゃん、柳生さんは古い段ボール箱のようなパソコンモニターを見ながら、右手人差し指のみで素早くキーボードを連打する。
「うーん、あと1ヶ月くらい待たないと加藤さんとこの物件は出てこないねえ」
加藤さんというのはこの辺りの地主で、所有する物件の設備がよくて対応も早いので女性におすすめらしいのだ。
「3月になると学生さんが動くから、その頃にでも覗いてみて」
またよろしく、と不動産屋を出た矢先、急に誰かに背中を大きく叩かれた。
「痛っ!」
振り返ると、てむちゃんだった。あれ? 朝は黒髪だったのに、金髪になっている。
「どうしたの!? その髪!」
「ブリーチしたら、外に出たくなって」
「わざわざ、電車で!?」
うんとうなずいたてむちゃんの片手にはエコバッグがぶら下がっていた。私がいつも買って帰るフォカッチャとタルティーヌを目指して来たらしい。
「どうしたの、部屋探してるの?」
「別に。参考までにね」
「私も家出よっかなー。家賃折半でどう?」
冗談じゃない。少ない給料ながら自宅を出るのは、てむちゃんが理由なのに。
てむちゃんは、時間ができると昼夜構わず暇つぶし相手のように私にちょっかいを出してくる。そんな状態が20年も続いているのだから、いい加減離れさせてほしい。
「まだ出ないから。みんなに内緒ね」
「住むなら、海の近くにしようよぉ」
「なんで、海の近く?」
「だって、あったかいじゃん」
「じゃんって、ハマっ子?」
「イエス! あったりー! じゃん?」
二人とも30歳とは思えない、子供みたいなやり取りをしながら、地元の春日部駅に着いた。
「あら、てむちゃん、お人形さんみたいね」
駐輪場から出てきた近所の高橋さんが声をかけてきた。
「なんですぐわかったんだろ」
てむちゃんは不思議がったが、髪の色が変わっても風貌が変わらないから当然だ。
木枯らしに吹かれながら家路を急ぐ。今日の最低気温はマイナス2℃。途中であんこたっぷりの大判焼きを買い、半分こにする。ハフハフ頬張りながら歩いている姿は、小学生の頃から変わらない。まだ家族じゃないときも、こうやって下校時に買い食いしながら二人で帰った。以前は1個ずつ食べていたけど、今はカロリーを気にして半分こ。だって、お年頃だもの。
「もう、30だよ」
てむちゃんがボソリと呟いた。
「うん、30だね」私が答えると、てむちゃんが続けた。
「駅前も変わったし、私たちも年取ったね」
30はアイドルを辞めるリミット。やっぱり傷ついたんだよね。当たり前だけど、顔や体つき、肌の質は明らかに20代の頃とは違うもの。これからも気付かないうちにグラデーションのように二人とも老けていくのだろう。
「ただいま!」
「はい、おかえり」
くるりと振り返ったばあばの髪が、白から銀色になっている。
「似合うだろう? ほら、二人並んできんさん、ぎんさん!」
てむちゃんと子供のようにはしゃぐばあばを見て、思った。年齢なんて印のようなもの。気にしないでいいんじゃない?って。
著者プロフィール
旅行作家、脚本家。2021年日本シナリオ作家協会主催「新人シナリオコンクール」佳作受賞。現在は、小説執筆のほか、脚本家としてテレビや映画の仕事に携わる。