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日常から生まれた川柳
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第7話

梅雨も半ばに差し掛かり、毎日体が重だるい。そんなときに職場に新しいパートさんが入ってきた。畠山さんは神経が細やかな人のようで、些細なことまで逐一質問してくる。どうも調子が狂うので、彼女に分担すべき仕事を先回りしてやってしまった。ところがそのせいで畠山さんはやることがなくなり、結局は私の指示待ち状態に。ふう、疲れるなあ。
「瑠璃、それは、水滞(すいたい)というやつだよ」
帰宅して、てむちゃんにぼやくとそう答えてきた。
「水滞?」
「体が湿気負けしてると、気や血の巡りが悪くなって気も滅入るんだよ」
現在、漢方を勉強しているてむちゃんは、ちょうど知識を披露したい時期らしく得意げに話してくる。
「……てむちゃんって、昔からすぐに目標を見つけて突っ走るよね。そういうとこ、羨ましい」
そう言ってから、はっと気づいた。私、嫌味っぽい? 当のてむちゃんは漢方の専門書に集中していて、こちらの言ったことなど耳に入っていない様子。通常運転の間柄に、ホッとする。
翌朝、出勤するとすぐに畠山さんが話しかけてきた。
「払田さん、仕事、一人で抱えずに教えてください。私も時給をいただいているので……」
私が畠山さんの分まで仕事をやってしまっていたことは、見抜かれていた。
「私、先月まで別のところで正社員だったんです。新人教育もしていたので、払田さんの気持ちがなんとなくわかっちゃって」
「……ごめんなさい」
素直に、謝った。でも、冷静に考えたら私は契約職員だ。新人教育など私には関係ないはず。モヤモヤしたまま帰宅すると、台所にママがいた。
「あれ? ばあばは?」
「おばさんちにお泊まりするんだって」
「ママはまだ仕事なの?」
「今日パートさんが二人も休んじゃってね。お風呂、先入っちゃいなさい」
バタバタと羽子板工房に戻っていくママと入れ違いにてむちゃんがやってきた。私が水を飲もうとすると、てむちゃんが“待った”をかけた。
「ダメ! 冷たいの、がぶ飲みするのは!」
「えー、飲みたいときに飲ませてよ」
梅雨明けまでこの調子が続くのだろう。感謝半分、余計なお世話半分の気持ちでまたモヤッとする。
気分を切り替えるべくお風呂に入ると、激しい雨音が聞こえてきた。その中を車が出ていく。湯船に浸かり、自分を調律している間も地球は回っている……。今まで、大きな問題もなくスムーズに目の前の仕事をこなしてきたつもりだった。きっと経験豊富な畠山さんはそんな私の視野の狭さに気づいたんだろう。ああ、明日から、どう接すればいいのか─。
お風呂上がり、リビングで涼んでいる私の隣で、てむちゃんは寝転がっている。以前は手に持っているのはスマホだったけど、今や読んでいるのは専門書だ。
「働くって難しいな……」
思わず、出た言葉にてむちゃんが続いた。
「働き先を見つけるのも難しいよ……」
「え、バイト探し、まだしてたの?」
「そうだよ。ずーっと探してるよ」
「漢方は? なんのための勉強?」
「秋の資格試験を受けるつもりでやってる」
アイドル活動以外、興味のなかったてむちゃんが資格試験を受けるだなんて。意外だった。
少しして、車のエンジン音が聞こえてきた。あまりの土砂降りだったのでママはパパを車で迎えに行ったらしい。
「すごい雨ね、スコールみたい!」
元気なママの声とは裏腹に、パパの表情は疲れ切っていた。
「お疲れ様、パパ、大丈夫?」
声をかけると、パパは口角を上げて首を横に振り、お風呂に直行した。パパもママもいろいろと乗り越えながら何十年も働き続け、私たちを育ててくれたんだな。
「スパイスカレー作ったよ。あとは温めるだけだから」
今夜はてむちゃんの手作りカレー。
「へえ〜、珍しいこともあるのね」
こんなとき、てむちゃんがママに返す得意顔は嫌いじゃない。なんでもない日常の1コマに、心のこだわりがほどけた。みんな、自分の役割に線引きなんてないんだな。
テレビをつけると、山陰、四国地方は梅雨明け宣言したとのニュースが流れてきた。
こちら春日部も、もうすぐ。
著者プロフィール
旅行作家、脚本家。2021年日本シナリオ作家協会主催「新人シナリオコンクール」佳作受賞。現在は、小説執筆のほか、脚本家としてテレビや映画の仕事に携わる。