2026.3 No.921 掲載

第15話春、あの頃からの続き

 地域アイドル「カラリング」を卒業したばかりの美咲ちゃんから「いつ会える?」と連絡が来た。今年の年賀状が届くまで元メンバーの私のことなど忘れていると思っていたのに、春日部まで来るという。いったいどういう風の吹き回しだろう?
 待ち合わせ場所に指定された東口にあるレトロな喫茶店「檸檬」に入ると、奥から甲高い声が聞こえてきた。
「てむちゃあああん、こっち!」
「え、美咲ちゃん……?」
 私は、すぐに美咲ちゃんだとわからなかった。ふくよかになった美咲ちゃんは最近までアイドルだったとは信じ難い地味めな印象だ。わずか2年でこんなに人の印象って変わるもの?
「何、その金髪! ウケる~」
 引き笑いする癖は相変わらず。安心した。

 美咲ちゃんは濃厚なチーズ味が自慢のドリアと生クリームとチョコがたっぷりとデコレーションされたバナナパフェをオーダーした。卒業祝いにご馳走するよ、と言ったら、しっかりデザートまで頼むなんてこちらの財政事情などお構いなしだ。
「ここのドリアとパフェ、SNSで見て、一回食べてみたいって思ってたんだよね~」
 お互い、現役時代にはカロリー制限のため絶対に食べなかったメニューだ。
 熱々のドリアがテーブルに運ばれてきた。スプーンで掬ったチーズの塊が糸を引いて美咲ちゃんのおちょぼ口に吸い込まれていく。
「チーズのビヨーンって伸びる感じ、幸せな気持ちになるよねー。私たち、ずっとこれを我慢してきたんだよね。泣ける~」
「アイドル時代はウエスト58センチキープの世界だったから」
「そうそう。別に多少増えても衣装でカバーできたと思うけど、みんな頑張ってたよね、痩せ我慢」
「私なんて、ママに骨粗しょう症になるからってうなぎの骨食べさせられてたよ」
「何それ。てむちゃん、ウケる~~」
「ウケる~」は、美咲ちゃんの口癖だ。以前はその言い方が軽くて薄くて苦手だった。でも、今はなぜか彼女なりの褒め言葉のように聞こえてきて、悪い気はしない。
「ねえ、履歴書の経歴にカラリングのこと書いてる? 私、ちょっと前にバイトに応募したんだけど、書かなかったんだ」
 急に美咲ちゃんの声のトーンが落ちた。以前はお互いに、自称「アイドル」で済んだけど、現在は別の仕事をするのに履歴書に書かなくてはいけない過去だ。
「元アイドルのキャリアって、ダメ?」
「そんなの雇ってくれると思う? チヤホヤされてたんじゃないかって疎ましがられるだけだよ。ま、もっとも、その様子じゃ就職はしてないか」
 美咲ちゃんの呆れたような視線が私の頭部、金色の髪を捉えているのがわかった。
「む、悪かったね。で、今日は何の用?」
 そう返すと、美咲ちゃんは急に改まった。
「実は……押絵羽子板、見にきたんだ」
「それ、うちが羽子板屋と知ってて?」 
 美咲ちゃんはうん、と深くうなずいた。
「よく覚えてたねーっていうか、羽子板に興味があるような人だったっけ?」
「失礼ね! あ、そろそろパフェきちゃう! 冷めないうちに食べなきゃ」
 慌ててドリアを口に入れたら、舌を火傷してしまった。

 かくして、カラリングでもそんなに仲がいいわけではなかった美咲ちゃんがなぜか払田羽子板店にいる。
「羽子板って、子供のお守りになるんだよね?」
 美咲ちゃんは展示品の押絵羽子板を眺めながら、質問をしてきた。
「まあ、邪気をはね除けるっていうしね」
 しばらくしてママがやってきた。テーブルの上に、買ってきたばかりの大判焼きを置くと、ママが嬉しそうに目を細めて「あら~そうなの~」と叫んだ。
「ママ、あら~って何よ、カラリングの美咲ちゃんだよ?」
「だから、あら~~でしょ?」
 美咲ちゃんは、はにかみながらお腹をさすった。え、何、どういうこと? こちらが戸惑っている隙に、美咲ちゃんは大判焼に手を伸ばしている。尋常ではないその食欲に面食らってしまう。
「早いけど、オーダーとかできるのかなって思って来たんです」
「女の子 男の子 どっち!?」
 ママの言葉にやっと気づいた。美咲ちゃん、ママになるんだ!
「もう、最近甘いものを体が欲してて~」と美咲ちゃんは大判焼きを頬ばった。その姿に、こっちがウケる~だよ、と思った。


プロフィール

朝比奈 千鶴(あさひな・ちづる)

文筆家、脚本家。2021年日本シナリオ作家協会主催「新人シナリオコンクール」佳作受賞。現在は、小説執筆のほか、脚本家としてテレビや映画の仕事に携わる。

ラニー・イナモト