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第6話
断食ホテルと遅れてきた青春
「もう断食しかない!」
そう叫んだのは昨年の6月だった。夏を前にして、ぽっこりお腹がどうしてもへこまないのだ。決意のこぶしを握りながら私が向かったのは、断食専門ホテルだった。
ホテルはバスが1日数本しかないような山深い場所にある、リゾート風コテージだった。3泊4日のコース制で、部屋は別々だが、何人かの宿泊者と共に過ごす。
断食と言っても全く何も食べないわけではない。お茶は飲み放題だし、食事の代わりにポタージュや具のないみそ汁が出る。
しかしガチすぎた私は宿泊前日から自主断食して、2日目の朝に目が回って倒れた。特別にブドウ糖とリンゴジュースをもらって回復。その後はだるさや眠さはあるものの、意外にも普通に動けた。観光やゴルフに興じる人もいた。
食事時間がほぼないので時間は余りまくる。過ごし方は各自の自由だが、食事やヨガなどのイベント時間が決まっているため、うっすらと集団行動の様相となる。
宿泊者とはすぐ打ち解けた。断食という共通の困難があるおかげで、互いに励まし合って乗り切ろうという連帯感が生まれたからだ。年代も性別も違うが、「お腹空きません?」という鉄板の話題があるかぎり、会話に困ることはない。
一緒におしゃべりしながら山道を散歩したり、ヨガをしたりしていると、遠い昔の学校生活を思い出す。私は体育会系ではなかったから体験したことはないが、合宿とはこんな感じなんだろうか。だいぶ遅れてきた青春を楽しんでいるうちに、ポタージュから少量の回復食に変わっていき、ついに最後の食事となった。
それは手づくりの朝食ブッフェだった。サラダバーを見て「わあっ」と喜び、コーヒーに「おお」と歓声を上げる。湧き上がるのは食事への感謝だ。どんな高級レストランもこの朝食の味には及ばない。断食明け、食事のありがたみを感じていただく料理ほど美味しいものはないのである。
断食の効果はてきめんで、私は史上もっともへこんだお腹、マイナス2キロの軽い体、青春の思い出まで手に入れて家に帰ったのであった。
文 朝水 想 イラスト 別府 麻衣
あさみ・そう
小説家、旅行作家。出版社勤務を経て、旅行書籍の編集、旅エッセイの執筆などで活動。
第46回小説推理新人賞を受賞。2025年、小説デビュー作『お稲荷さまの謎解き帖』(双葉社)を刊行。千葉県出身。
X:@asami_sou25

