新・駅前そぞろ歩記

ときわ台
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東武東上線・ときわ台駅の北口駅舎は、青色スペイン瓦の三角屋根や、その下に配された縦長の三連窓、真っ白な大谷石の壁と波線のレリーフが施された破風板、改札上部の欄間の装飾などが特徴です。これらの瀟洒なデザインは新しく考えられたものではなく、じつは4年前のリニューアルに伴い、昭和10(1935)年の駅開業当時の姿を再現したもの。ときわ台駅の80数年前の瀟洒な姿には、常盤台の町の誕生物語が秘められているのです。

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ときわ台駅北口には、開業当時の駅名「武蔵常盤」にちなんで名付けたギャラリースペース「武蔵常盤小径」があります。そこには東武鉄道が初の沿線開発として昭和11(1936)年から分譲した「常盤台住宅地」が紹介されています。つまり、武蔵常盤駅は常盤台住宅地の玄関口として開設された駅なのです。

駅を含む北口の常盤台住宅地は、当時の内務省都市計画課の技官・小宮賢一が構想した「理想の街」を実現した姿。たとえば駅前の広々とした公園のような噴水のロータリー、そこから放射状に延びる道路、住宅地を一周するループ状の散歩道プロムナード、クルドサック(袋小路状の道路)など、ほかの街では見られない独特の設計が、いまでも新鮮です。そして当時の分譲時には建築協定があり、それに沿った和洋さまざまな住宅が整然と立ち並び、静謐で落ち着いた景観を醸しているのです。

常盤台住宅地の並木のプロムナードは、一周すると約20分。散策すると昭和初期のモダンな住宅や幼稚園、生垣のきれいな小径を見つけることができます。また緑豊かな常盤台公園や、全国的にも知られる日本書道美術館などもあります。

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ときわ台
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ときわ台駅の南側は、かつて川越街道の宿場町として栄え、神社や祠が数多く残るエリア。現在は駅前から商店街が川越街道まで続いています。駅の近くに建つときわ台天祖神社は、木々に囲まれた境内に差し込む木漏れ日が神秘的。じつは天祖神社は町名「常盤台」の起源。かつてはこの辺り一帯は上板橋村でしたが、鎮守である天祖神社の境内に常盤木(スギやマツなどの常緑樹)が多く茂っていたことに由来した武蔵常盤駅が開設されました。そこから常盤台という町名として一般化したのです。天祖神社はまた、「歌占」という独特の短歌のおみくじでも有名です。呪文の歌を唱えた後、弓の弦に結び付けられた短冊から一枚を選ぶというものです。

ところで、天祖神社の狛犬には戦時中の空襲で受けた傷跡が残されています。板橋区は空襲で集中的な被害を受けた地域。区内にはその記憶を語り継ぐ数多くの史跡があります。住宅街の中にある平安地蔵は、空襲で亡くなった人たちの供養と恒久平和を願って建てられたもの。また、鎌倉時代の執権・北条時頼によって創建されたという安養院の鐘楼に掛かる銅鐘は、戦時中の金属供出を奇跡的に免れた国の重要美術品です。やはり戦争を語る史跡に違いありません。

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